« できることから | トップページ | 花見代わりに... »

2011/04/06

そういえばこんな言葉もあった

(歴史の天使)彼は顔を過去へと向けている。われわれには事件の連鎖が見えるところに、彼は破局のみを見る。破局は絶え間なく瓦礫を積み重ねていき、瓦礫は彼の足下にまで飛んでくる。彼はそこに留まり、死者たちを目覚めさせ、粉々に破壊されたものを寄せ集めて組み立てたいのだが、楽園から強風が吹いてきて彼の翼をふくらませ、その風があまりにも強いので、彼はもう翼を閉じることができない。この強風によって、天使は抗うこともできずに、彼が背を向けている未来へと運ばれる。その間にも、彼の目の前の瓦礫の山は天に届くばかりに堆くなっていく。われわれが進歩と呼ぶのはこの強風のことである。

(ヴァルター・ベンヤミン「歴史哲学テーゼ」1940)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

バッハのカンタータ、
BWV105 主よ、汝のしもべを裁きにかけることなかれ
(Herr, gehe nicht ins Gericht mit deinem Knecht)
より
”いかにおののき、よろめくことか”
(Wie zittern und wanken)


Wie zittern und wanken
いかにおののき、よろめくことか

der Sunder Gedanken,
罪人たちの思いは

indem sie sich untereinander verklagen
彼らは一方で互いを責め

und wiederum sich zu entschuldigen wagen.
他方では弁明し合う (ローマの信徒への手紙 2章 15節)

So wird ein geangstigt Gewissen
そうして怖れおののく良心は

durch eigene Folter zerrissen.
自責の念によって引き裂かれる

|

« できることから | トップページ | 花見代わりに... »

メモ」カテゴリの記事

コメント

深いっっっ!!!

hiさま、やはり深いお人や・・・・。
強風は止むことはないのでしょうか・・・?
人がこの世に存在する限り(涙)

投稿: 碧蝉 | 2011/04/12 01:25

あまりに有名なこの一節、わたしごときの浅い人間が、なにをいまさら、とりあげることもないわけですが...

ベンヤミンのこの一節はクレーの『新しい天使』という絵について書いたものでした...

この文が書かれた頃、1930〜40年代の悲惨さと比べれば、それでもまだマシなのでしょうか...

投稿: hi | 2011/04/17 03:21

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/540184/51305488

この記事へのトラックバック一覧です: そういえばこんな言葉もあった:

« できることから | トップページ | 花見代わりに... »