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2011/02/09

ゆがんだ心

5日土曜日、バッハのカンタータを聴いてきました。

今回の曲目での目玉は、
アルトによるソロ・カンタータ、『満ち足りた安らぎ、魂の愉しむ悦びよ』
1726年の7月28日の三位一体後第6日曜日に演奏されたとのこと…

冒頭のアリアは、恐らく、バッハの書いたアリアの中で
最も美しい部類に入るのではないかしら…

"満ち足りた安らぎ、魂の愉しむ悦びよ、
お前は陰府の罪のもとではなく、
天国の調和の内にこそ見出だされるもの、
お前だけが弱き胸の内に力を与える。
それゆえ様々な徳の賜物だけが
わが心の内に住まわんことを。”


で、問題なのは、この美しいアリアの後、
レチタティーボを挟んで続く次のアリア…
この曲のスコアは、上からオルガン、アルト声部、弦楽器の順に書かれています。
通常の編成なら、最低音を支える通奏低音のオルガンが最高音、弦楽器群が最低音ということになってしまっているわけですが、それは以下の歌詞の内容を表すため…

“私は憐れみを覚え打ち砕かれる、ゆがんだ心のために、

わが神よ、あなたへの彼らの背きはあまりに大きく、
私はまことに慄き無数の痛みを覚える。
彼らが復讐と憎しみのみに喜びを感じるとき。
義なる神よ、あなたは何と思われるのか、
彼らがただ、まさしく悪魔の企みを持って
厳しく叱責するあなたの戒めをかくも厚かましく嘲笑うとき。

ああ! 確かにあなたは思われたはず、
私は憐れみ覚え打ち砕かれる、ゆがんだ心のために!、と。”

『歪んだ』を表すドイツ語verkehrteには、「逆さまになった」という意味も含んでおりそれを表すために、このような編成になったのでは、と、今回の演奏者は書いていました。
半音階を多用しているのも、その歪みを表しているのでしょうか…
途中、一瞬の晴れ間のように長調になるところが有るのですが、
そこに当てはめられた歌詞は『嘲笑う』なのです。
そういえば、ヨハネ受難曲においても、十字架にかけられたあと、
群衆から『ようこそ、ユダヤ人の王よ』と嘲りを受ける場面でも、
晴れやかな美しい音楽が当てられていました…


で、最終楽章、結論は、
もうこんなロクでもないこの世に生きてても
しゃあないし、イエスさん、早う天国へ連れてってえな…
ということになります…



えー、話は変わりますが、
今週はサラリーマン、勤続ウン十年で1週間休暇を貰いましたので
明日から仙台、湯沢、肘折と回ってきます~

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